ちなみに、ウィリアム・モリスについてはインターネットで調べてもらえば分かるが(改めて検索し今知ったことだけど)、彼は詩人でもあったらしい。そして死んだ場所が、ハマースミスと書いてある。偶然かもしれないが、ロンドンで最初に到着した場所、泊まったユースホテル、映画祭のあった所である。詩人という共通点も含めて、なんだか自分との縁を感じてしまう。デザインには疎いので、同じようにはいかないにしても。それでもウィリアム・モリス的な何かは、その日を境に胸に宿っている。日本で芸術家といえば岡本太郎のような強烈な人を思い浮かべてしまうが、そうではなくもっと実践的で地味でも大丈夫という発見。「真の芸術とは、生活と結びついている」可能性。そのようなことはとても貴重な収穫だった。
ウィリアム・モリス邸の庭園でリスの写真を撮影したりしてるうちに、雨は止んでく。そしてイギリスの庭園文化を堪能しながら、帰途につく。電車の駅までバスに乗ればよいのだが、気持ちもよくなって歩くことにした。たかがバスで十数分だから、三十分くらい歩けばつくはずだ。いや実はバスが来たら飛び乗ろう、って思っていたのだが(バス停は数百メートルごとに規則的に並んでいる)。ただシンプルな道でバスの本数はそれほど多くないから、ずっと待っているよりは歩いたほうがいい。特に海外にいるのだから、町並みを見ながら楽しく歩こう。そう思った。
しかし実際は、うまくバスに乗れることもできず。いや乗る意志さえあれば乗れたのだろうが、ついついそのまま歩き続けた。結局約四十分近くかかって、電車の駅周辺で軽く迷う。へとへとになりながら、冬なので白い息。人に聞くと「駅はすぐそこよ。」ってブリティッシュ・イングリッシュで教えてくれた。周囲が工事中だったから分からなかっただけ、もう到着していた。改めて「旅は歩くことだ」と感じた。くたくたになりながら、電車で向かう先はチェルシー。再び駅からバスの乗り、時刻は夕方五時頃、冬なのですでに暗くなっている。二階建てバスの先頭に座ると、さながらナイトクルージングだ。思わずビデオを回し、ロンドンの町並み、夜のチェルシーを楽しんだ。
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